【108チケット】不足を疑う

不足を疑うについてお話ししたいと思います

不足を疑ってどうすりゃいいんですか?どうやるんですか?

単に疑うんです
例えば、なんか自分がいま不足を体験しているとするじゃないですか?
なんでもいいんですよ、その不足を『これ本当なのかな?』
そういう風に疑うんです

僕たちは不足って疑わないですね、まず。
最初に前提においちゃうんですよね、それを。
そこからの発想になっちゃう、全て。
まず不足が何かあるとこういう、そこはきちゃったとか
これどうしようと

えっとまずこれはまあ不足は仕方ない、そっからどうするかどう解釈を変えるかとか、どう対処するかとか
これに対してどう取り組んだらいいのかとどうやったら消せるかとかね
そうに考えちゃうんですどうしたって

ところが本当は不足はないんです。
ないから、ないものに対してどうしようとやってるから、
言ったらのれんに腕押しみたいなことですね。
要領を得ないわけなんです。いつまでたっても消えてくれない
その不足があるっていう認定自体がその不足をあることにしちゃってるものなんですね

そもそもの間違いです。
だからこの世界の錯覚の根本のところです

不足あるぞっていうね
そっから始まったんですよ
だからまずはその不足を疑うってことですね。単純に疑うんです
あの不足はないと信じるんじゃないですよ
この不足をこれ本当にあるのかな本当なのかなこれって
単に疑ってみるのです
ちょっと交流するみたいなことですね
でその本格的にそこは違うとか言ってないから、違うんじゃないかなぁ
ひょっとしておかしいな、があっているな感じで
疑い持っておくとそれは残るんですね
残って、しかもこの不正プログラムですね、この世界の幻想の錯覚の免疫システムの攻撃を受けないんですよ
あるけど何でも活動してないなみたいな感じで、
何者か邪魔しないから無害だからほっとこうみたいな感じでほっとかれるんですよ
それがどんどんどんどんどんどん大きくなっていくようなことなんです
それは本当のことだからそこないってのは本当のことだからつまり真ですね
真理だからものすごい作用を及ぼすんです。この不足を前提してこの世界のね
僕たちは充足を疑ったのはものすごくやるんです
普通、疑うというのは充足を疑うためにやっています

こんないいことあったけど、なんかしっぺ返しが来るんじゃないかな、とか
こんないい思いをしてたら帳尻合わせみたいにまたえらい目に合うんじゃないか、とかね、
喜んでるのこの喜びは失望に変わるんじゃないかとかね

そういった形で充足を疑うという形で、疑うを使ってるんですよ
不足に向けないですね絶対、これ多分人類が有史以来やって来なかったことなんです
まさかって思うんですね、不足をパパってみたらもうそれは前提として事実としてね、真実として受け入れてしまいますよ無条件。
だからしんどくなっていくんです。どんどんどんどんも背負ってくるのことになるわけですね
これどうしよう、これにも対処しなきゃいけない、こっちやってたらこっちの時間がないとかなってくる
そのそもそものその根本のところ疑うんです
この不足本当か、これ自分不足ある認識してるけどこれ本当のことなのか
っていう風に疑うんです。単に疑うんですね

youtube の方のコメントでもありましたねあの不足を疑ったら消えました
ってなりますよね
いくつかあったしもっともっと報告来てますよ
そんなことでですよ。単に疑ったことでだけです。他に何もしてないです。
単に疑っただけでそれが不足がないっていう本当の真実が見えてくるんです。
つまり、現象上、それが現れてくるということですね
そこになかったっていう、充足だったっていうのは明らかになる。
これってねあんまり僕以外言ってる人いないと思うんですよ
でなんでかなと思ったんですけどあの多分
これやっちゃダメでしょみたいなもう
禁じ手だと思うこの不正プログラムの中で、この幻想の中でそれだけはやっちゃダメなん
はいダメダメだね、それそれちょっとなっていうようなことをやってるんです。

だから簡単に単純にもシンプルに不足は無かった真実が見えてくるんですよ
もともと疑わなかったところですね、不足あるって言う決めつけてもう絶対疑わなかったところ
疑いを持ってみたんですそしたらあっさり消えたりします
なに取り組んでもないのにですよ、疑うだけのことによっている
疑うことでその不足を消そうとかしちゃったらダメです

それと不足があるものとして全てに対抗する私ということになりますから
じゃあなくて単に疑うですこれ本当かな
これ私不足あるって
もっと言うけどこの知覚正しいのかなということなんです
根本言えばそういうことですね
自分の知覚を疑っているそこではねその自分の間違った知覚によってその不足が起きているわけだから
その根本のところを疑うっていう本丸を叩くことになるわけなんです
だから
これぜひやってみてくださいあのもうなんの努力もいらないですよ
単に疑うだけのことなんです。
しかも信じ込むのことでもなんでもない、取り込むことでも何でもないって

単にこれ本当かな、この見えてる不足、この体験している不足本当なんだろうかって、ちょっとだけを疑ってみるんですよ。
効果絶大ですよ、ぜひ皆さん自分自身でそれを実証してみてください。
軽いテストみたいなことをやってみてください。
どんどん面白くなってくるかもしれないです。
こんなで消えた、これに対しても疑ってみようか、ちょっと疑ってみるとまた消えたみたいなことになってくるかもしれないですよ。
ひょっとしたらこれ大発明かもしれないですね。
皆さんが充足を体験するために、何もする必要なかった単に疑えばよかったんだっていうことですね。
そういうことが明らかなるって。
ぜひやってみてくださいね

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