【108チケット】 自信とは?

この動画とても腑に落ちました。

自信がないんですがどうすればいいですか?

自信持てばいいんです、自信を持てば。
でも自信を持つ根拠がないよって言う、エビデンスを示せよみたいな話ですよね。
根拠はいらないんですよ。よく根拠のない自信っていうじゃないですか。
それ最強なんです。根拠はいらないんです。
なんだって自信あるんだから。
自信持ってる人聞いてみてくださいよ。
なんでそんな自信があるんですか?
いや実はですね。私が自信を持つに至りました経緯はこれこれこれでしてね。
こうこうこういう理由で私は自信を持っておるんですって言わないです。そんな風に言わないです
もう確信なんですよ。
自分はできるとか、いいとか、もうそれが自信です。
頭で理解して作用しているものじゃない。
自信を持つか持たないかなんですね。
じゃあ自信もとうってなった時にそれを否定する反論がいっぱい湧いてくると思うんですよ。
あれもできなかったし、あそこで失敗したし、私、鏡見てもそこまで美人じゃないしとか、おなか出ちゃったりとか、髪の毛薄いしとかいろいろあるじゃないですか、周りから見てもそんな好かれてないよとか、あまり人気ないよーとか。
そういう反論ですね。
自信を持とうと思ったら、その反応というのは今自分が持ってる自分に対する定義です。
それより上に自分を置こうとするから、これ引っ張るんですよ。あしを引っ張るんです。
足元を見てみな、周りを見てみろよ、笑われるぜみたいなこと。
その定義がもう惨めな、自信のない自分のままだから、自信を持とうって考えだけで、自信もとうって思っても、なかなかもうこっちの方が強いわけですよね。
ずっと恒常的に行ってきた定義づけだから、自信もっても、ダメだわ持てないってなっちゃう。

でも、自信を持つのに根拠はいらないんです
自信は持った者勝ち。

私は素晴らしい、これを口癖にする。習慣にする。

だから、一つは、私は素晴らしい、これを口癖にする。習慣にする。
鏡見て、まぁ鏡見なくてもいいですけど、私は素晴らしい。
鏡見ることで、ああ素晴らしくないわとなった方は鏡見ないでください。

鏡みないで心の中で言えばいいです。
私は素晴らしい。
何が素晴らしいのって考えてはダメですよ。
それやるとさっきの反応が出てくるんですよ。素晴らしくないことの正当性を言ってくるんですエゴが。
それに聞く耳持っちゃダメなんです
だから私は素晴らしいと
こうこうで素晴らしいではなくて、素晴らしいでいいんです。私は素晴らしい
その理由について放っておくんです。考え、思考で追わない。
よく言いますよね思考で追うなって。思考で追わなかったら、私は素晴らしいと言ったら、何が素晴らしいの?ってそれを探すようになるんです。
脳が思考が、あんな素晴らしい、素晴らしいって、じゃあ何が素晴らしいんだろうなって、それを探すサイクルに入るんですよ。
無意識で、バックグラウンドで、だから普通に生活して仕事とかしてても、そう言っている私は素晴らしいの理由を見つけようとする、それが視野に入ってくるんですよ。

例えば街歩いてたら、あの子可愛いなという声が聞こえたりするんです。自分に言ってるの?まさかね。
そこでもう1回起きたりするんです。可愛い子だなぁ。私?
そういうふうに現象として体験できるようになってくんですよ。
その言ってる言葉、これこれだから素晴らしいじゃなくて、私は素晴らしいっていう風に断定するから、じゃあ何が素晴らしいの部分は現象として現れてくるんです。
探すから、それを探すようになってくるんです。勝手に。
それは体験として視野に入ってきて実際に知覚できるようになってるんですよ
そしたら本当に素晴らしいんだって、そこで思えるわけです

まだいい続けるんです、私は素晴らしい、私は素晴らしい。
今度は実感こもって言える。
そうに言われたりするからとか、なんかだれかからも称賛されたとか
会社とかでめっちゃ君は素晴らしいねって業績をすごい評価されたとか
だれだれから褒められるとか、そういうことで自信になってくるんですよ。
本当に素晴らしいなって思えてくるわけです。
だからエゴの言うことを聞かずに、もう私は素晴らしいって、断定をしてるから、繰り返し言ってたら、それが勝手に脳が探して、自分に体験できるようにしてくれるんですよ。
だから私は素晴らしいという時に、何が?って探さないで、何がもなにもその反応を
開いてくれたもの

うるさいと、もうそんなの関係ない、とにかく素晴らしいんだよ私は。私は素晴らしい。
思い込むんじゃない、ただ断定するんです。

素晴らしいと思い込もうとしたら理由が必要じゃないですか。
これこれによって素晴らしいと思えないと、納得できないじゃないですか。
それをやめるんです。そのサイクルじゃなくて、ただ素晴らしい、私は素晴らしい、ありがとう、みたいなことです。

こんな素晴らしいます、なんつー。こんなのが出てきます。勝手にありがとうって別になります
何にも素晴らしいことが見えてなくても、素晴らしいんだをありがとうっていうふうになる瞬間もあったりしますよ
それさっきいった確信みたいなことです。
まだ体験として表れていないのにも確信してるんです。
もうそれは実現してるんです。
あと現れてくるだけなんです。
現象としてみる前に、先に意識のほうがそれを知覚しちゃってるんですよ。
ということが起きていきます。

思い込むんじゃないです。
思い込むにはさっきも言ったけど理由が必要なんです。
私はあいつより強いと思い込むためにはこんなに練習してきたとか、前々回の大会ではあいつに勝ったやつに勝ってるしとかね、もっともらしい理由が必要なんですよ、思い込むためには。
だからそのもっともらしい理由があれば、そうだなって思い込めるけどそのサイクルに入っちゃダメなんですよ。
その理由っていうのも儚いものでした結局は思考が言っていることだけのことなんです。
もすごい脆い定義なんですよ
後ろ盾が弱いんです。

でも私は素晴らしいって、もう問答無用に何の理由もなく根拠もなく言ったら。
結論なんですね結果、私は素晴らしい
これこれだから素晴らしいの結論のところだけを言う。
断定してるんですね。
あとのところは勝手に補完してくれる
それが自分の定義になるんです
大前提なんです。私は素晴らしいっていうこと。
だから根拠をさがさないでください。
それを否定することに対して正当性を持ち出さない。
もっともらしい理由を作らない。
ぜひやってみてくださいね。

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